雑感の最近のブログ記事
だから、「そうね。でも大人もすっごく楽しいんだよ。うらやましいでしょ?」と言い返してやった。
ちょっと悔しそうな娘。
それをきっかけに、娘と私の「オトナとコドモ、どっちが楽しいか論争」が始まった。
り:「でも、こどもにはおもちゃがあるんだよ。大人にはないでしょ?」
母:「あららー、知らないのね。大人にもおもちゃはあるのよ。」
り:「どんなおもちゃ? 見せて。」
母:「大人のおもちゃは見えないことが多いなぁ。お仕事とかお料理とか。」
り:「そんなおもちゃ、おもしろくなさそう。」
母:「あははー、わっかんないだろーなー。大人になったら、このおもしろさがわかるのよ。」
り:・・・(悔しい)
り:「でもでも、こどもは空をとべるんだよ。ピーターパンみたいに。」
母:「おかあさんだって、たまに空飛ぶよ。気持ちいいんだよねー。」
り:・・・(悔しい)
もちろん、大人と子供どっちが楽しいか問題に決着をつけたかったわけじゃない。
「生きることの喜び」なんてものを教えようなんて魂胆も、特になかった。
ちょっと娘と、思考遊びをしてじゃれたかっただけだ。
けれど、この論争はその後もしばらく続き、気づくと後半はこっちも結構真剣になっていた。
最後は娘の「とにかく! りーちゃんはすーっごく楽しいの!」という怒りの鉄拳で一方的にシャッターが下りた。
やや、うざかったらしい;
ごめんごめん。
その後娘は、ひとりリカちゃん遊びに戻ったのだけど、こっちはなんだか「もうちょっと付き合ってよ・・・」という気持ちだった。
今自分がやっていること、なんでこんなにこだわるのかっていうこと、そこにある何かとても大切なことが、娘とのたわいもない会話から見えてきそうだったのだ。
その夜、ひさしぶりに、祖母の夢を見た。
小学校入りたてくらいの私が、庭先で土蜘蛛をとっている。
ものすごい数の土蜘蛛が集まった。
とった土蜘蛛の巣を縁台に並べて、どの蜘蛛が一番先に顔を出すか心の中で賭けている。
「戻してやんなさい。そこに置いとくと死んじゃうよ」と後ろから祖母の声がする。
私と土蜘蛛は楽しく遊んでるんだから死ぬ訳ないじゃん、と理不尽なことを思っている。
土に蜘蛛を戻したフリをして、両手に土蜘蛛をかかえて友達のところに走って見せに行く。
そんな夢だった。
なんだかわからない高揚感のような焦燥感のような妙な気持ちで夜明け前に目が覚めた。
なんとはなしにブログを徘徊していると、こんなエントリーが目についた。
「3億円あっても楽しくなれない理由は、子供が知っている」分裂勘違い君劇場
子供の頃、積み木を使って、自分の思うさま構造物を作り、面白い遊び方を仲間に提案し、みんなで盛り上がることの、なんと楽しかったことか。昨日の娘との論争の続きを、引き受けてもらったような気持ちがして、吸い込まれるように最後まで読んだ。
大人の喜びも、本質的には、これと何ら変わらない。子供が積み木や砂山やトンネルを作るような無邪気さで、気の向くまま、思うさま、縦横無尽に企画を作り、構想をまとめ上げて、あちこちのキーパーソンを説得し、根回しをしまくって組織の意思決定メカニズムを操作し、利害関係を調整し、プロジェクトを推進し、それを世の中で実現していくこと。
それらを、気の合う仲間たちと力を合わせてやる楽しさ。仲間たちと一喜一憂し、喜びと悲しみと怒りと高揚を分かち合うこと。
自分が子供の時、砂場で仲間たちと無心に遊んでいるとき、何が楽しかったのかを思い出せば、人生を楽しくするために必要なことが見えてくるはずだ。
自分が仲間たちに、自分のやりたい遊びや遊び方を提案し、それが受け入れられたとき楽しかったでしょう?
自分の納得のいくルールで遊べるのが気持ちよかったでしょう?
自分の思い通りの形に仕上げていくのが楽しかったでしょう?
仲間たちに、自分のアイデアが認められ、尊敬されるのは、気分が良かったでしょう?
みんなに、楽しいヤツだと思われて、たくさんの友達が集まってくるのが幸せだったでしょう?
仲間たちと、力を合わせて作り上げたものが誇らしかったでしょう?
大人になっても、これらは、本質的に、なにも変わらないのです。
はい、そうでした。
そういうことでした。
娘がいま毎日刹那的に繰り返している楽しさは、いつか何倍にもなって根深い人生の楽しさになってよみがえるはず。
そう願う。
砂場で自分のルールをつくるもよし、人のルールにのっかって砂のお城づくりに没頭するのもよし、頑張ってる砂場の仲間に砂を届ける役目だっていい。
立ち位置はなんだってかまわない。
自ら主体的に選びとった場所やもので、瑞々しく遊べる大人になってくれたらいい。
まずは娘の一歩先で、自分がそう生きようと思う。
大人が本気で遊ぶとはどういうことか、「まぁお母さんを見てなさい」、とかなんとか言っちゃいながら。
MicrosoftとYahoo!がそれぞれ、「時間軸を考慮した検索アルゴリズム」に関して特許を取得。
その内容を簡潔にまとめている記事があった。
買収騒動がどうなるか予測のつかないMicrosoftとYahoo!ですが、自分たちの未来は予測できなくても、他人の未来を予測できるような検索アルゴリズムを開発してくれるかもしれません。
両社が、それぞれ面白いパテント(特許)を取得しました。
Microsoftが、取得した特許は『Temporal Ranking of Search Results(検索結果の時間的順位)』といいます。
パソコンの中に保存されているメールやカレンダーなどの情報を元にして、あなたの将来のスケジュールに合わせて検索結果を調整するという技術です。
この技術が実現すれば、たとえば半年後にニューヨークに観光旅行に行く予定があって、「ミュージカル」について検索すると、訪問時期にどんなプログラムが上映されているかとか、そのときのチケット料金はどうなっているかとか、そんな情報が優先的に結果表示されそうです。
かたや、Yahoo!が取得した特許は、『Techniques for Searching Future Events(未来の出来事を検索する技術)』といいます。
こちらは、将来起こるであろう出来事を考慮に入れて、検索結果を調整するという技術です。
たとえば、2034年には米アーカンソー州と米ミシガン州で原子力発電所のラインセンスが終了するそうで、2034年近くになって「energy(エネルギー)」で検索すると、このライセンス終了に関する情報が優先的に表示されるようになりそうです。
どちらも特許を申請しただけなので、今すぐの実現というわけではありません。
Microsoftが「個人の時間軸上の情報」から検索結果をカスタマイズするのだとすれば、Yahoo!は「世の中のトピック」を検索結果に反映していく、ということらしい。
いずれにしても、検索エンジンが未来を考える、というのは、ちょっとわくわくする話だ。
Microsoftの特許に関する利用イメージを抜粋している記事をもうひとつ。
特許を紹介している記事を読んでみたところによると、
* あなたのカレンダーにイベントが2個登録されているとする
o とあるミーティング
o ミーティングへの移動予定
* ミーティングが開始する前は、ミーティングとそこへの移動についての重要度が高くなる
* すると検索結果はそれらに関する内容のものが上位に表示される
o それはミーティングの場所に関するものであったり、
o ミーティングのテーマに関するものであったり、
o ミーティングへ行く交通手段であったりする
* 会場への移動が終わる頃には、移動手段についての重要度が下がる
* ミーティングが終わる時間になると、ミーティングについての重要度が下がる
ということが特許では説明されているようです。
大手検索エンジンがこういった「時間軸による検索アルゴリズム」を採用していくとすれば、広告手法としてもそこに乗っかるものが出てくる可能性は十分にあるはず。
例えば上の例で言えば、
o それはミーティングの場所に関するものであったり、下線部分はすべて広告になる。
⇒その「場所」の周辺のランチの情報とか
o ミーティングのテーマに関するものであったり、
⇒その「テーマ」に関する書籍の情報とか
o ミーティングへ行く交通手段であったりする
⇒その「交通手段」に関するチケット(飛行機など)の情報とか
「ここにいるこの人にはこの広告」という、いわゆるGPSを使った「位置連携型広告」は、ターゲティング広告のひとつのアプローチとしてすでに実現され、注目もされている。
とはいえ、「空間軸でターゲティング」という発想一発で可能性を追求していけるものでもなく、そこはやはりGPSや大手のマップサービスなど、インフラとともに育っていく、というのが広告の宿命。
「位置連携型広告」も、その流れに乗っかる形で世に出てきたことは言うまでもない。
「時間軸でターゲティング」に関しても、WEB上の情報が構造化に向かい個人の情報がより外の情報とマッピングされやすくなるとか、大手検索エンジンが「時間軸」を意識し始めるとか、そういった世の中の大きな流れに乗りながら、新たなアプローチが生まれてくると思われる。
このふたつの検索業界の特許の話は、その予見と見ると、いろんなことが思い浮かんで面白い♪
図書の繋がり(書物の内容の関連性)を可視化して直感的な情報獲得ができるプラットフォームを構築しようというプロジェクト。
松岡正剛氏のコンセプトをもとにし、慶応義塾大学の金子郁容氏が指揮をとっている。
書籍の繋がりを3次元の街で表現した図書街を歩けたり、現実の地図上に土地とゆかりのある書籍をプロットしたりと、見た目賑やかなプレゼンテーションは、なかなか面白かった。
大学の先生が、そのアルゴリズムを説明してくれるのだけど、何やら難解。
「アクティブ・データベース」とか「フィーリングクエリ(感性検索)」といった研究テーマをお話されていた。
それらの発表に対して、連想検索の高野明彦氏がゲストコメント。
これが、短いながら的を射ていた。
- ユーザの気分に日和すぎないこと。
- 過剰にフィードバックしないこと
- カスタマイズするよりも、そこにある“文化を伝える/与える”ことのほうがむしろ大事なんじゃない?
どうやってユーザのニーズを先読みするか、とそれまでさんざんプレゼンされた研究内容のお話をひっくり返すような高野さんのお話は、実にサービス視点。同じく学者さんなのにね。
気持ちのいいゲストコメントだった。
その他、キーワードをピックアップしてメモ。
松岡正剛さん、安西祐一郎さん、金子郁容さんの鼎談から。
- コンピュータが想定している以上に、人の意識はカーブを切って急速に細部に向かう。このカーブを大事にすべし。
- コンテンツからコンテキストへ。
- パッサージュ、通過することの情報化。「その場にさしかかる」その感じ、文脈を大事にする。
- 嬉しいときに記憶したことは、嬉しいときに思い出す。
松岡正剛さん、田中優子さん、内藤廣さんの鼎談から。
- 最初に「構造」を世界に与えたのは建築。
- 江戸文化の空間感覚は世界にも類を見ない能力⇒浮世絵などにつながる
- ホロニック:断片でありながらトータル。部屋の描写に風景の海まで入る、みたいな。
- ハードウェアとソフトウェアの間に「本棚」がある。
- 「本棚」は「人格」でもある。
チームラボの猪子さん、サイバードホールディングスの堀さん、リクルートの尾原さんがビジネス観点でコメント。
- この研究を、大きなマーケットにどう移植できるか、考えてみる価値ある。
- ユーザ参加型とするなら、投稿人数のクリティカルマスは?
- 1%が発信者、99%が閲覧者、でよい。
- 優良ユーザ(=発信者?)が2000人を超えると十分機能する。
全体的に、これだけのゲストなのにこれだけしか聞けないの?という腹八分目な時間案配だった。
発表されたサービスが公開されるのは間もなく(次期未定)とのこと。
企業がビジネスをかぶせる形で世に出て行くかもしれない。
全体のキーワードとなっていたのは、「コンテンツからコンテキスト」ということ。
「Stumble! upon 」というアメリカのソーシャルブックマーク+SNSサービスから。
ソーシャルブックマークの最大のポイントは、「自分以上に自分の好みを知っている他人」がいることである。自分の好みを時間をかけて構成するのもいいが、自分と同じ興味を持つ他人と出会う力、そう、「セレンディピティ力」のほうが重要でないかと思う。
このStumble! uponによるセレンディピティ型のSNSの特徴は、「人」ありきではなく、「サイト」ありきで「人」が後から付随しているところだ。
「ブックマークされた人気サイトがランダムに登場する」のが特徴のサービスだ。
「人」ではなく「サイト」で繋がる。
自分の外部に繋がるなんらかの情報を媒介にするコミュニケーション、がポイントらしい。
「Developpers Summit 2008」のセッションで語られた、「ニコニコ動画に見る新タイプのナレッジマネジメント論
」とも通じるところ。
そして、動画共有サイトのニコニコ動画や初音ミクをはじめとしたVOCALOIDシリーズの製品などがネット上で流行している現象をKMの第3世代 「Neta Centric KM」ではないかと仮説をたてる。これは人を中心とした第2世代からさらに進み、人が持つ要素、すなわち「ネタ」を中心にした考え方だという。
「情報」を媒介にして、偶然の嬉しい出会いを提供する。
人同士の密なネットワークでなく、「情報」をはさんだ淡い・ゆるいネットワーク。
人間関係を見える化するソーシャルグラフがもてはやされているけど、本当はこっちのニーズのほうが広い気がする。
「自分以上に自分の好みを知っている他人」、ここ、重要ポイント。
ケースや出されたデータを見ていると分かるのは、
・ユーザーのメディア利用、接点は相変わらず多様化している
・いわゆるメディアコンテンツに触れる機会も同様(先のエントリの通り)
・届ける、見てもらうというところだけでもチャネルの再設計は必須
・収益については、オンライン化で過去と同じ水準を維持するのは現実厳しい
との数字が結果として出ている。また、日本だと加えて良いと思われるのは、オンライン系の広告単価、予算の振り分けについては米国ほど状況が良くない。よって、メディア企業として進出するメリットはさほど大きくは無い。
しかし、ユーザー移行は同様に進みつつある。つまり、既存事業の毀損は同じように進んでいるに関わらず新規事業の見通しは国際比較して暗いという状況にあるのでは、との状況が推定される。などなどと考えていくと(且つ、上記のストーリーが概ね正しいとするのなら)、検討レベルは「インターネットに参入して収益を上げる方法ってありま すか?」では足りないんじゃないかというところに辿り着く。同様に、モバイルに参入すればなんとか、という話でもないだろうことも推測が立つ。
検討レベルとしては、
・単体の新規事業検討レベルではない、もう少し大きな前者レベル
・流れによっては大規模な事業再設計、リストラクチャリングの実施意思があるか
・すべてを守れないとなった場合に、維持したい要素、KPIはあるか
・単独生き残りは必須条件か
といったところに差し掛かってるだろうという推測がやはり立つ。
環境は変わっている。かといってこれまでと同じ稼ぎ方が新しい世界ですぐにできるわけじゃない。
既存のリソース、ノウハウを使って、場所を変えて(オンラインに移して)新規事業を、
だけじゃ当然だめだ。
根本的な生まれ変わりから考えるべし。
YouTubeの楽曲を再生する、音楽プレーヤー“Songza”のお話。
以前にも記事で触れたが、マンハッタンの『Starbucks』で、あるデジタル音楽会社の最高経営責任者(CEO)に言われた以下の言葉が、今でも私の頭から離れない。
「世界最高のオンデマンド音楽サービスを利用したい? だったら、『YouTube』にアクセスして目を閉じればいい」
(WIRED VISIONS 「『YouTube』を「世界最高のオンデマンド音楽サービス」に変える『Songza』」)
その、「目を閉じる」ところに着目したらしい。
Songzaでは、音を再生するのみで、映像は一切表示されない。
「削る」というリミックスで、もうひとつのサービスが成り立ってしまった点、ここが面白い。
◆“気持ちよさ”の正体:体の一部のようなUIとエコ感
それから、この手のサービスの例外にもれず、UIがとってもイイ。
直感的で“気持ちがいい”。
一回さわれば、どこで何ができるか全部わかる。
妙に気持ちがいいのは、単なるLook&Feelの出来だけじゃなくて、この「あー、もう全部わかりました」の征服感にもあるかもしれない。
マウスの先に、自分の脳と手がのびているような、絶妙なUIだ。
カユクナイトコロばっかりに手が伸びて、“なんか使いこなせてない・・・感”で圧倒しようとする高機能アプリとは、逆のベクトル。
「録音状況」に関して、利用者からのほんのひと手間のフィードバックが、検索ランキングに反映されていくところも、みんなでゴミ拾いをしてるような気持ちよさがある(↑画面)。
◆ビジネスは? 著作権は?
でも、これってビジネスにするのはアリなの? 単なるすっごく気の利いた趣味のサービスなのか? と思っていたところ、CNETにちょうど関連する記事が載っていた。
初めてこのサイトを見たときには、合法なはずがないと思った。しかしSongzaのScott Robbin氏は、同サイトはYouTubeに多くのトラフィックを送り返しており、利用者は楽曲上の「buy」リンクをクリックすることで、 Google Checkoutにリダイレクトされると請け合った。これは本当のことだが、Checkoutが表示するものと、YouTubeがプレイするものが同一で あるとは限らない。もし利用者がある楽曲のカバー曲をプレイしていて「buy」をクリックすると、Checkoutでリストアップされる最初の楽曲として そのカバー曲が表示されない可能性は高い。Robbin氏は、Songzaの開発者は「Creative Commonsのアーティストを統合し、彼らが直接販売できるように、リンクバックするように取り組んでいる」と私に語った。
(CNET Venture View 「Songza:ミニマリスティックな音楽検索エンジン」)
Google Checkoutに関しては、記事でも指摘しているとおり、全体をカバーするのはちょっと無理があるように思う(単純にデータの参照精度の問題で)。
けれど、CreativeCommonsのアーティストを統合して直接販売できるようにする、っていう点、ここに限って言えば、大人同士のお約束さえできれば十分に可能なことだし、面白い。
ところで、Songzaって、なんて読むんだ?
◆構造化ウェブがやってきた。
CNETの「構造化ウェブ」に関する記事から。
「次のウェブをどう定義するか:構造化ウェブの始まり」
この記事では、次のような動きが全体として構造化されたウェブを作っていく、という、構造化ウェブの背景をまとめている。
- APIの流行
- 既存データ上で実行される個別アプリケーションの増加
- 古典的なセマンティック技術とマイクロフォーマットの増加
- 情報配信メカニズムとしてのRSSの普及
本格的なセマンティックウェブが到来するまでの、中間地点のような印象だ。
そして、これらの動きを総括する形で、以下。
これらすべてを合わせると、どんな全体像が見えてくるのだろうか。それは、深みのある何か、構造化ウェブだ。これはセマンティックウェブの前兆であるかもしれない。構造化ウェブはこれまでのものよりずっとリミックスしやすくなる。これは、データベースとしてのウェブだ。古き良きリレーショナルデータベースであり、テーブルの代わりにウェブサイトやウェブサービスをリミックスする。
ウェブがデータベースになる。これは、ものすごい体質変化だ。
こうして、データの構造化が進むことで新しく面白いことがうわっと起こることは予想される。
たくさんのマッシュアッパーが現れて、構造化されたメタデータを面白おかしく繋いで見せるだろう。
「私」や「WEBサイト」の属性データだったり、記事中に登場するとある商品の属性データだったり。
ビジネスへの影響も、少なくないはずだ。
マイクロフォーマット等の普及によって、例えばアフィリエイトのような業態が更に進化してみたり、CtoCマーケットが花開いてみたり、情報を独占的に束ねることを生業としているような業界の存在意義が薄れていったり、なんてことも。
◆整理される“上澄み”と本当のニーズ
たぶん、商品レビューや名刺レベルの“浅い情報”は、マイクロフォーマットによってずいぶんと整理がされ、整理されることでその情報が取り扱い可能であるという付加価値がつき、同時に新たな形態のネットワークがムクムクと生まれてくるのでは、少なくともその可能性があるのでは、と思う。
ただし、「みんなのために、ちゃんと整理して書いておこうね♪」という掛け声のもと、全体が最大公約数的にとれる情報は、やっぱり“上澄み”だ。
もう一歩深いところの、もっと強いニーズに出会うためには、情報の吸い上げ時点から、なんらか仕掛けが必要なのだろうと思う。
いずれのアプローチが先を行くにしても、データの構造化が、次のテーマのひとつであること、それもかなり重要なテーマとなることは、自然言語サーチでできることの限界を考えても無理のない流れだ。
◆構造化データに命を吹き込むのは
そんなこんなを考えていくと突き当たる、至極当然なこと。
情報は、構造化されただけでは使えない。
使うための準備が整うだけ。
情報に対して、
どんな関係性を発見するか
どんな対角線を引くか
どんな軸を立てるのか
そこの手当てがされて始めて、構造化された情報は別の価値に転換する。
では、それは誰のお仕事?
そこはもうテクノロジーの領域じゃない。
言うとすれば、“感性”の仕事だ。
どれだけ豊かな感性で、どれだけ的確な軸を立てられるか、
構造化ウェブを面白がるには、どうもそこがキモのように思える。
冒頭の記事では、こんな感じで結論としている。
結論
次のウェブは1つではなく、多くのテーマを含んでいる。しかし、将来のウェブの原動力となるのは構造化された情報だ。この記事で議論したように、多くの異なる技術が、それぞれの形で徐々にウェブを現状のHTMLの混沌から、構造化されたXML天国へと変えつつある。これは多くの場所で既に起こっていることであり、今後数年間、情報の構造化はますます続いていくだろう。
その利点は何か。何らかのセマンティックツールが構造化された情報を活用するようになるだろうと期待できる。より賢い検索や、これまでの非構造化HTMLの世界では不可能だった素晴らしいリミックスをもたらすマッシュアップなどが登場してくるだろう。
ウェブ全体がそんな方向に流れていくのなら、それはとてもすばらしい。
こうした全体の多きな流れの中で、「情報が構造化されることで初めて満たせる本当に強いニーズ」、そこを探してみるのは、きっと面白い宝探しになるはずだ。
テクノラティプロフィール
こんもりと瑞々しい花をあんなにたくさんつけていたのに、今やふたつだけ、弱々しく首をうなだれて咲いていた。
青々と茂っていた葉っぱも、スカスカの枯れ枯れだ。
「何が起こってるんだ?」と思いながらよーく見ると、ほとんどの葉っぱが筋だけになっている。
更によーく見ると、小さな青虫があちらこちらにたくさん!
食べられちゃったんだ・・・ かわいそうに。
「このまま枯れちゃうのかな・・・」と思いながら、とりあえず虫をよけるためにバサバサと葉っぱを落としていった。
ほとんど幹だけになるまで、刈り込んで刈り込んで、丸坊主。
なんとも寒々しい光景だった。
それから3日後の朝――。
丸坊主になった幹から、綺麗な薄緑の新芽が顔を出してる!
次の朝は新芽が倍に増え、その次の朝は更に倍。
毎朝毎朝、新芽はぐんぐんぐんぐん伸びていく。
見たこともないスピードで、急に許しをもらったように、バラが一気に育ち始めた。
刈り込むと、新芽が出る。
その勢い、お見事!
私はまだ、刈り込みが足りない?
バラに聞いてみたい。
